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はじまりはチキンラーメン

2022/08/25
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 袋入りインスタントラーメンで、調理方法は丼(どんぶり)などの容器に入れてお湯をかけ、蓋をするか密閉するだけである。容器を別に用意する必要があるほかはカップ麺とほぼ同様の調理方法で、必ずしも鍋で煮る必要がない点が他の袋入りインスタントラーメンと大きく異なる(派生商品のカップ麺もある)。

 もう一つの特徴は、麵自体につけられた味がお湯に溶けてスープの役割を果たすことである。そのため粉末スープ袋などの別添がなく、お湯をかけないまま食べることも可能である。


大きな窓があいているのは中身がよく見えるようにするため。

 1958(昭和33)年、ジャイアンツに長嶋茂雄がデビューする年、フランク永井の『有楽町で逢いましょう』とロカビリーをBGMに、インスタントラーメンが最初の1ページを開くことになります。夏の甲子園大会は準々決勝、徳島商対魚津高が歴史的なあの延長18回時間切れ再試合を戦った8月25日(ちょうど64年前)。日清食品が、「チキンラーメン」を発売します。
 これが、初めてインスタントラーメンの基本工程(製めん、蒸熱処理、味付け、油揚げ乾燥)を工業的に確立し、量産に成功したものとして、大評判になりました。
 「お湯をかけて2分間」とうたう味付即席めんは、「魔法のラーメン」と呼ばれました。すぐ簡単に食べられる画期的なこの商品が、爆発的な売れ行きを見せたのです。

※品不足で悩むほどの売れ行きに!
 「チキンラーメン」登場の背景には、日本人のめん類好きがあります。第二次世界大戦前から、そば屋、うどん屋とならんで支那そば屋が繁盛していました。
 戦後は中華そばの屋台に行列ができ、敗戦による劣悪な食生活のなかにあって、中華そばは安くてカロリーの高い栄養食として好まれていたのです。
 「チキンラーメン」の生みの親は、日清食品の創業者である安藤百福です。安藤はおいしいこと、保存できること、調理が簡単なこと、価格が適正なこと、安全なこと、この5つを目標に、開発を進め、味付即席中華めん「チキンラーメン」は誕生しました。しかしながら、1食35円という販売価格は、当時中華そばを店で食べるのと変わらない値段でした。うどん1玉6円にくらべ、問屋も顔をしかめる価格であったのも事実です。
 ところが、この革新的な商品は発売後すぐに、品不足で悩むほどの売れ行きを見せることになります。その後の生産者の努力によってインスタントラーメンは安定供給され、物価の優等生と言われるほど、誰もが認める安価な食品となっていくのです。

 日清のおかげで今、全世界にインスタントラーメンが常温で普通に保存されており、貧困の国でも、安全な水さえあれば、お湯さえ湧かすことができれば、器もしくは鍋さえあれば、冷蔵庫がなくても腹を満たすことができる!ノーベル賞もんだね。
#チキンラーメン #安藤百福
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