五島を知りたい!

極楽寺

2022/08/14
仏教系(寺院含む) 0
寺号・故明山極楽寺
宗房宗派・浄土宗
所在地・新上五島町若松郷211
本尊・阿弥陀如来
由緒沿革
「寛永二十五年(一六ニ五)之頃切支丹立入近村ニ壱寺寺無之ニ付宇久島ヨリ引移シ相成候寺也」開山宗誉源真和尚、福江宗念寺末


令和4年7月10日、新上五島町若松郷の極楽寺という縁起の良さそうな寺に行ってきた。


極楽寺手前の駐車場付近には、何やら祀られていたが、キレイに管理されておらず何だかモヤモヤ。




寺域には鐘楼に吊るされた梵鐘や地蔵や銅像等があったが、これらについて「若松町誌」(昭和55年3月1日発行)には記載されていない。




本堂の建立年などは郷土誌に記載されていなかった。




寺額(山号額)や龍の彫り物、獅子鼻・貘鼻などがあり、特に他と変わるものはなかった。




【極楽寺阿弥陀如来立像】案内板全文に他の資料情報を少し肉付け
 ここ浄土宗極楽寺には、統一新羅時代(7世紀末~9世紀初)ころに制作された可能性がある阿弥陀如来立像が本尊として祭られており、注目すべき逸品である。
 この如来像は像高36.4cm。品質は銅像・鍍金(めっき)であり、大きめの頭部に肉どり豊かな体部、胸もとを広く開け、胸前を斜によぎる僧祇支(そうぎし)と腹部の結び紐がみえます。しかも弓なりに反った姿は力感にあふれている。
 面相は吊り上がった眉と抑揚のある瞼や眼尻の線を強くあらわし、威厳のある顔立ちである。威風堂々としてその体躯を覆う衲衣(のうえ)は変化に富み生気にあふれている。
 ろう型の鋳造によるもので、背部は新羅仏特有の、鋳造時に中型を支える役割でできる穴が後頭部と背中と膝裏にあり、背中のものには横に差し渡しがついている。
 統一新羅時代(7世紀末~9世紀初)の作とされ、渡来小金銅仏中にあって、大きさにおいても、力強い造形の秀抜(しゅうばつ)さにおいても、注目すべき逸品であり、我が国には数少ない貴重な如来像である。
 昭和59年(1984)6月9日、国の重要文化財(美術工芸品)に指定された。渡来の由緒は分かっていない。




当日は本堂扉は施錠されており、目視はできたがきれいな写真を撮ることができなかったため、国の重要文化財である阿弥陀如来立像の写真は新上五島町観光物産協会より引用。




若松町誌の写真には光背もあるが、なんで今はないんだろう。
#極楽寺 #国の重要文化財
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